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スタッフからの便り(スタッフ日記)

所長のミパド-「アジア子ども文化祭」の原点


今でも鮮明に思いだすのは、今から26年前のタイ・カンボジア国境の難民キャンプでの光景。難民キャンプの中には、チルドレン・センターと呼ばれる内戦で親を失った孤児たちの住む施設があった。チルドレン・センターを訪問すると10才前後の子どもたちが、カンボジアの伝統衣装を着て、カンボジアのココナッツ・ダンスを踊っていた。その子どもたちの踊っている時の生き生きとした表情からは、こちらが勝手に想像していた難民と孤児という暗さは、微塵もなかった。

そして、子どもたちの踊っている回りには、子どもたちと大人たちで一杯だった。一緒に歌を唄ったり、手拍子をしたりと笑顔が溢れていた。子どもの元気な歌声と笑顔が大人たちに生きる勇気を与えているのだと思った。難民キャンプでもここだけは、別世界だった。カンボジアを代表する伝統舞踊のアプサラ(天女)の舞を踊る子どもたちの頭の先から足の先までに、クメールの文化と魂が刻まれているように優雅な美しさが伝わってきた。これが伝統文化の持つ、民族の誇りなのだと思った。

それからSVAが、カンボジアの難民キャンプで図書館活動、印刷出版活動と共に大きな柱として、伝統文化・伝統音楽を継続して支援することになった。そして、タイのスラムや農村でも図書館活動や教育活動の中で、子どもたちの伝統舞踊・音楽活動が各地で展開されるようになった。不思議なことに、スラムや農村でも同じように、貧しさや様々な家庭背景を持つ子どもたちが、伝統舞踊を踊っている時には、輝く生き生きとした表情をしていることだった。そして、どこでも大人たちの笑顔が溢れていた。ここでも子どもたちが、どんなに苦しい環境にあっても親たちの明日の希望なのだと思った。自分の今の生活を語るときは、厳しく暗い顔だったのが、子どもの将来の話となると皆、明るい表情に変わっていった。

何よりも不思議だったのは、図書館で本を読み、踊りを習っている子どもたちから、抜群の成績の子どもたちが続出してきた。その代表的なのは、バンコクのスアンプルー・スラムのタイの東大といわれているチュラ大に主席で合格し、外交官となったオラタイさんだ。

人前で踊ることでの自信と誇りと持ち、夢と希望を子どもたちが自然と持つようになったのだと思う。「アジア子ども文化祭」は、1年に一度。それも一週間の大舞台であるが、1年365日の地道な教育や文化活動の継続の中から生まれている。26年前のカンボジア難民キャンプとの出会いから始まったSVA。遡るとアジア子ども文化祭も、カンボジアの難民キャンプでの活動が原点となっている。様々な課題を抱えながらも平和になったカンボジアで、第11回「アジア子ども文化祭」が無事に開催できたことを本当に嬉しく思います。そして、これまでご支援いただいた皆様に心より感謝申し上げます。

八木沢克昌


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