今年の正月はタイから小学6年生の息子と小学2年生の娘が、母親と一緒にカンボジアに来た。昨年、2月にカンボジアに赴任して以来、家族揃っての単身赴任中の父親が働くカンボジアを訪問するのは初めてだった。久しぶりの家族旅行と車で、プノンペンから4時間の南部のシアヌークビルの海で二泊三日過ごした。子どもたちは、シアヌークビルの海の美しさと家族団らんの楽しさと時を忘れ過ごした。我家の子どもたちにとって、一番、ショックだったのは、どこにいっても自分たちよりも小さいカンボジアの子どもたちが、物売りをしたり、空き缶やビン、屑を拾って働いていることだった。
海岸で水やジユースを飲んでいると、飲み終わるのをじっと待って、飲み終わると子どもたちは、先を争って空き缶を集めていた。小学校に行っていないことは、息子と娘の目にも明らかだった。 海岸では、地雷で足を失った人の物乞いから、天秤棒での物売り、空き缶ゴミ等の回収をする大人たち。お土産のしつこい押し売りと静かにのんびりする一時はない。正月位は、貧困や社会問題とは離れて過ごしたいと思っていたが、まざまざとカンボジアの社会の抱える現実の問題を見せ付けられてしまった。
子どもたちと一家団欒の楽しいカンボジアの海を満喫してプノンペンに戻った。プノンペンの街の中に戻ったの我が家の子どもたちの第一声は、「カンボジアには、お金持ちがたくさんいる」だった。大きな家がたくさんあり、大きな車がたくさん走っているからだという。プノンペンの父親のアパートに着くと、息子と娘は、父親の部屋の大掃除。そして、冷蔵庫とタンスの整理、服のアイロン。少しは、父親のカンボジアの単身赴任生活の大変さを理解したらしい。
タイに戻ってから、母親の報告によると息子と娘は、それまで以上に、進んで炊事、後片付け、洗濯、掃除等家の手伝いをするようになったという。そして、言われなくても自ら勉強をするようになったと。これがいつまで続くかわからないが、少しカンボジアの子どもたちや社会を見て、自分たちで考えたならば、それは大きな収穫だった。母親には申し訳ないが、単身赴任も時に息子と娘にとって、予期せぬ教育的効果があるかと思った正月だった。
それにしても、我が子と同じ年令の子どもたちが、カンボジアの至るところで、学校に行けないで、親の愛情に飢えながら空腹を堪えて劣悪な環境の中で朝から夜遅くまで働いている姿には、心が痛むと同時に、怒りと悲しさがこみ上げてくる。地道に子どもたちの教育支援を続けるしか解決の道はないのかと、ため息が出る毎日だ。
写真:プノンペンのゴミ山で働く子ども
八木沢克昌