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スタッフからの便り(スタッフ日記)

所長のミパド+ワン(ミッション、パッション、ドリーム + 誠実)-アフガンで考えたこと


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「女性の写真は、車の中からでも絶対に撮らないで下さい。グルカを被っていてもダメです」。SVAのアフガン事務所のアフガン人スタッフAさんの声は、穏やかだった。しかし、目が真剣だった。パキスタンとの国境に近い、東部のジャララバードでの出来事だった。女性の写真を撮ったことがわかれば、何をされても非難することはできないという。

さらに車の日除けの黒いシートも窓から絶対に外さないと念を押された。暑さを防ぐための日除けのシートではなく、外部から誰が乗っているかわからないようにするためだった。私たちがアフガニスタンに、パキスタンの首都イスラマバードから国連機で、カブールに入ったのは、今年の5月19日。

5月21日には、在カブール日本大使館から「アフガニスタン在住の皆様へ」「外国人を狙った誘拐の脅威情報について」の文章がSVAのジャララバード事務所に届いていた。文章には「先日、アフガンニスタン当局から当館に対して、最近、タリバン構成員が外国人誘拐企図して、カブール市内に潜入した。同構成員は、誘拐が官憲に発覚し阻止された場合、自爆テロを実行するよう訓練を受けているとの通報がなされました」。さらに「外国人誘拐の目的は、政治的なもの、金銭的なもの、収監中の仲間の釈放、更に最近では、旧支配勢力のタリバンの最高幹部ダードゥラー司令官殺害のへの報復が考えられます」。

カブールでは、昼間は車から降りて少し歩けた。しかし、地方のジャララバードでは、一切、日本人は、事務所、宿舎以外は車で移動すること。その際は、必ずアフガニスタン人が同行することが条件。服装は、アフガニスタン人と同じ服装をすることが義務付けられた。市場に行くことも、買い物も道を歩くことも許されない。SVAの所有する車にも一切、団体名は書いていない。事務所にも団体の看板は一切出ていない。外国人だとわかると、いつ車が襲われ誘拐されるかわからないからだ。いろいろ聞いてみるとアフガンは、昔から各部族間の農耕、牧畜、土地、水等の争いの中で、略奪と復習が繰り返されてその犠牲として若い女性が略奪、誘拐されたりすることが続いていたという。そして、その復讐のためにまた、一族を襲うという繰り返しが続いたという。また、アフガンの男たち、特にアフガンの多くを占めるバシユトゥー人は、日本の武士道のような信念を持ち、仇(復讐)、客人へのもてなし。外部からの逃亡者への庇護が重要視されていたという。

アフガンのスタッフの客人で恩人である、日本人への命を賭けて守るという姿勢があちこちに見られていた。家の中では、客人をもてなし、アフガン。ホスビピタリーに溢れていた。しかし、一歩、外に出ると死と隣り合わせの現実。アフガンの治安の現実にため息が出た。これでは、女性が「ブルカ」を脱ぎたくて、命の保障がなければ脱げないと思った。これほど「平和」の有難さを最近、思ったことはなかった。そして、SVAがアフガンで学校建設や図書館活動を開始という教育を中心とした復興・救援活動を開始して、15年目。初代の市川所長、事務所の立ち上げから5年間アフガニスタンに滞在して、文字通りアフガニスタン人と「共に学び、共に生きた」、女性スタッフの山本さん。先日まで所長を務めた伊藤さん、アフガンの過酷な現場での活動に心から敬意を表したい。また、その活動を継続しているSVA。「継続は力なり」。15年前のカンボジア事務所を開設した頃も、背景は異なるが、治安に関してはカンボジアも極めて危険だったことを思い出した。「現在のカンボジアは、アフガンの希望です」。確かに、様々な問題はあるが、今のカンボジアは、日々の暮らしから「平和」になったことが実感できる。アフガンのスタッフの言葉が忘れられない。アフガンの活動も、これから治安との関係もあるが可能な限り継続しなければならないと、カンボジア難民キャンプからの28年間を思い出して、心に刻んで帰国した。

八木沢克昌
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写真:山と水に囲まれたアフガンの農村、パキスタン国境に近いナンガハール州


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