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スタッフからの便り(スタッフ日記)

所長のミパド+ワン(ミッション、パッション、ドリーム + 誠実)


最貧困の地域に最高の教育を

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カンボジアの雨季の農村は、悪路との闘いでもある。幹線道路から一歩外れると舗装道路は、皆無。デコボコ道だったのが一度、雨が降るとチョコレートが溶けたような泥の道となる。四輪駆動の車でやっとのことで村の学校に辿り着く。時に、道路が冠水して、川のような道路を走る。やっとのことで着いた村の学校は、「これが学校。教室」と、言葉を失うことがしばし。学校といっても、一教室ということもある。屋根だけがある学校。先生も二人だけ。あるのは黒板と机と椅子だけ。黒板だけで机と椅子がなくて地面に座って子どもが勉強していることもある。

もちろん、カンボジアの小学校が全てこんな環境なわけではない。首都プノンペンでも地方都市にも、校舎も立派で教師の質の高く、教科書や教材にも恵まれた小学校も増えつつある。地方都市の中心校には、モデル校も増えている。しかし、辺境の農村の村の小学校の現実は、私たちが28年前にタイ・カンボジア国境の難民キャンプや村の小学校よりも教室も教材も酷い。その酷さには、言葉を失う。教科書が児童に一人一冊ないのは、普通として、生まれてから一度も教科書以外の本を読んだことがない子どもたちが殆ど。まるで、カンボジアの辺境の農村は、28年間時間が止まっていたようだ。

小学校に入学しても6年生を卒業するのは、半分以下。1年、2年度中途退学する子どもたちも絶えない。また、生まれて一度も学校に通えない子どもたちもいる。私たちが、何故、最貧困の村や辺境にこだわるのか。それは、辺境といわれる地域には、その国の社会、地域の問題が集約されているからだ。その国の中で最も弱い立場に置かれている子どもたちが住んでいるからだ。

今、カンボジアでも教育の分野でも驚くべきに地域間の格差が広がっている。教育の格差は、情報の格差や機会の格差となる。そして、貧富の格差へとつながっていく。「貧困とは、単なる衣食住医が足りない状態ではなく、自らが明日の機会を選択することが出来ない状態」だとつくづく思う。私たちは、学校建設や図書館活動、伝統文化活動、スラム教育支援活動の中で、その国の最貧困層の子どもたちに最高の教育が提供できるように努力を続けている。そして、最貧困の地域の子どもたちが、その国の社会の希望となることを願っている。各国の困難な環境にある難民キャンプ、国境、辺境、スラムといった困難な地域でこれまで28年間地道に活動を継続してきたSVA。

SVAは、これまで「共に生き、共に学ぶ」を基本哲学、モットーとしてきた。そして、今年から新たに「手をとりあうこと」。-「私たちは向き合います。苦難の中にいる人々と世界に」。-を掲げた。実際の辺境の現場で、最貧困層の人々や子どもたちを対象として、最高の教育環境を地域の人々と共に築き上げる活動を地道に続けるのが、NGOとして、SVAとしての「品格」だと思うこの頃だ。

 

八木沢克昌

写真上:カンボジアの辺境の農村の典型的な小学校
写真下:石版を使って勉強する子ども

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