8月1日からは、カンボジアは全国一斉に小学校は雨季休みとなる。10月1日に新学期が始まるまでの2ヶ月の休み。農村の子どもたちは、田植えや農作業の手伝いをして過ごす。先生たちは、この休みの期間に副業に精を出す期間でもある。田圃や畑を持っている先生は、田植えや農作業に忙しい。また、街に出てホテルやレストランで働く先生も珍しくない。
雨季休みとなる8月1日の前の7月は、小学校を回り、学校の建設の準備、設計、契約、村人との会議、郡教育局との教師派遣の確約を取り付けることと忙しい。一日、朝から晩まで、雨季の泥道を5カ村を回ることも珍しくない。
カンボジアの学校制度は、小学6年生、中学3年、高校3年生、そして、大学4年と続く。小学1年に入学するのが、79パーセン。しかし、小学校6年生を卒業することの出来るのは、48パーセンと半分に満たない。全国平均であるので、地域間の格差は大きい。辺境の村となると、小学2年生から4年生で大半が終えてしまう。
子どもたちが通う教室も一つだけでの複式学級と午前と午後の二部制をとっている。小学校が6年生までありながらカンボジア教育省の標準的教室は、5教室が一般的だ。一昔なら理解出来るが、少なくとも6教室に増やすべきなのは、誰の目にも明らか。隣国の同じような経済状態にあるラオスでさえ小学校は5年生までであるが、教室は教育省が職員室・図書室・会議室ら使用できるようにと全体で6教室を標準としている。
また、大きな問題となっているのは、いずこの国も同じであるが、教師が辺境の農村の小学校には赴任したがらないこと。運悪く辺境の小学校に赴任してしまったら、じっと街の学校に異動できる日を持っている教師が多い。教師たちの間にも街の大規模校と辺境の小規模校では教師としての格と差別が存在している。カンボジアの小学校では、1年生から3年生までは、クメール語(国語)、算数、総合学習(理科、社会・美術、音楽、保健体育)があることになっている。4年生からは、理科と社会が独立は、保健体育の中には、体育が含まれている。
しかし、これは現実と余りにもかけ離れている。辺境の学校では、クメール語と算数が教えられていればいい。美術,音楽、保健体育が教えられていることは、極めて少ない。それでも辺境の村の学校を訪問する度に、日本という国を知っているかと質問すると小学校3年生以上は大抵知っている。そして、カンボジアがどの国と国境を接していると質問すると、ベトナム、タイ、ラオスという国が即座に返って来る。
さらに「将来の夢。将来どんな仕事をしたいか」。男女を問わず一番多いのは、目を輝かせて教師、医師と答えるのが圧倒的に多い。時に、村長、エンジニア、歌手という職業が出てくる。子どもたちの多くが、農家の出身であるが、堂々と農業と答える子どもは極めて少ない。カンボジアの農村で、教師の質の問題が深刻な問題となっているが、それでもカンボジアの田舎の教師たちは、子どもたちから尊敬されて、憧れの職業であることは救いだと思った。また、医師になって病気の人を助けたいというのは、いかに田舎で病気になった時の医師や病院不足の反映だろうか。社会に役立ちたいという夢を持っている農村の子どもたちに未来の希望を感じる毎日だ。
八木沢 克昌
写真上:辺境の地方農村の子どもたち
写真下:洪水で道が川になった農村