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スラム教育支援事業

スラム紹介、トゥール・チェイスラム(2008.2)


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地方に住むよりも都市部に住む方がずっと暮らしやすく快適だというステレオタイプなイメージがあります。しかし、それはスラムの住人には当てはまりません。近年、より良い生活や仕事を求めて、カンボジア全土からプノンペンへ新規参入者が押し寄せていますが、結局はゴミ集めや路上での物乞いをすることになっています。

 


スラムの子ども達に大人気!移動図書箱


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プノンペン市内から車で1時間ほど行ったところにアンドーンスラムがあります。昨年プノンペン最大のバサックスラムに住む人々が強制閉鎖、連行されてきた場所がアンドーンスラムです。 新しい学校が立ち並び、9割を超える子ども達が小学校に入学するといわれているカンボジアの首都プノンペン。同じ市に住みながら、スラムに住む子ども達の生活状況は「劣悪」という言葉では表せないほどです。
特に強制移転地には、学校がありません。スラムの外にある学校に通いたくても、スラムは治安が悪いため「通学中にさらわれたら。娘が暴行を受けたら」と心配し、進学させない親もたくさんいます。また近年はスラムに住む子ども達が公立の学校で差別を受けるという事件もあります。
「スラムの中でスラムの子ども達に本を読んでもらう機会を持ってもらいたい」という思いからカンボジア事務所ではプノンペン市にある20のスラムを巡回し移動図書館活動を行っています。


6月1日、国際こどもの日のイベント開催


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日本では「こどもの日」は5月5日ですが、カンボジアでは6月1日です。なぜ、同じではないのでしょうか。社会主義圏では1949年に児童の権利を守ることを目的として6月1日を「国際こどもの日」としました。その後、1954年の国連総会ですべての加盟国が「こどもの日」を制定することが決まりました。しかし、いつをこどもの日とするかは、各国に任されたので、社会主義国は以前からの6月1日を「こどもの日」とし、日本は5月5日としました。それぞれの国がその歴史、事情によって決定したのです。ちなみに、国連総会では、「世界こどもの日」を11月20日としました。



強制立退きから2年目のスラム住民-雨期が始まり悲惨な生活が続く


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忘れもしない昨年の6月6日。私たちの目の前で、プノンペン最大のスラムの一つバサック・スラムの人々が、1000人を超える武装した警察、機動隊の前に長年住んだ生活の拠点の家を一瞬の内に壊された強制立退きからまる1年が経つ。スラムの人々は、プノンペン市内から17キロ離れた郊外のアンドン村の何もない田圃の中に放置されてしまった。当初、約束された土地を得た世帯は、立退きにあつた1800世帯の内、政府から土地を得たのは、500世帯。

 

 


スラムの伝統文化教室が復活!!!


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3月4日、SVAが支援するT85スラムのコミュニティー図書館に伝統文化教室がオープンしました。スラムの子どもたちのための伝統文化活動はこのT85スラムでは初めてですが、SVAにとっては3箇所目の活動です。

最初の場所はバサックスラム、住民が始めたコミュニティースクールでの子どもたちにカンボジアの踊りや音楽を教える活動を2年前からSVAが側面支援したのが最初です。そして、2005年の12月にアンコールワットで開催した「アジア子ども文化祭」ではすばらしい踊りを披露してくれました。しかし、昨年5月、6月の強制移転でバサックスラムがなくなり、住民もばらばらになって、活動自体ができなくなってしまいました。


移転地の子どもたちに文具を


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昨年5月にバサックスラムの住民が23キロも離れたトロペアン・アンチャイン村、プノンペン市の西の端に用意された移転地に移されてから早7ヶ月が経ちました。当初、田んぼをならしただけの15ヘクタールの敷地には、上下水道も電気もありませんでしたが、現在では移転地の入り口まで水道が引けました。電気は業者が発電機を設置し、各家に電線を引いています。住民自身が再建した小屋が立ち並び、田んぼの中に突然スラムが出現したようです。

 

 


プノンペンのすべてのスラムの子どもたちに絵本を!!!


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スラム図書館活動チームはこれまでT85スラムのコミュニティー図書館活動支援やプノンペン市内のスラム・貧困地域、6箇所への定期的な巡回図書館活動を行ってきました。さらに今月から、この2月22日より、750箇所を越えるといわれるプノンペン市内のスラム・貧困地域への移動図書館サービスを開始しました。2007年度は先ずそのうちの最貧困地域50箇所への訪問を目標にしています。

 

 


スラムコミュニティー図書館、またまた移転


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ブディングスラムの一部移転によってSVAの支援するコミュニティー図書館が同じスラムのほかの地区に移転したことを覚えておいででしょうか?しかし、とうとう移転の波はここにも押し寄せ、12月末にほかのスラムに図書館を移転することを決定し、大晦日、12月31日にブディングスラムから5分ほどのところにある、T85スラムに移転しました。

 

 

 


スラム移動図書館チームが強制移転地を巡回


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9月より始まったスラム移動図書館活動ですが、11月10日はバサックスラムの強制移転地、アンドーン村の巡回に同行しました。アンドーン村への巡回は今回で4回目。スタッフのオートバイの後ろに乗り、プノンペン市内から西に国道4号線を30分行くとプノンペン国際空港です。その正面の道を北に入ってさらに20分、田んぼ道を抜けると1600世帯6000人が、避難小屋暮らしをしているアンドーン村に到着です。

ビニールシートや椰子の葉っぱで拭いた民家の軒先にシートを広げると、移動図書館の始まりです。待ちかねた子どもたちは早速思い思いの絵本を手にとって、広げています。字の読める子は一字一字を指で追いながら声を出して読んでいます。字の読めない子どもたちもいっしょうけんめい絵に見入っています。ひざに小さな弟を抱えた女の子が一枚一枚ページをめくっていました。


トムノップ・リークリエイ・スラム


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9月4日にプノンペン市内のスラムをめぐるSVAの巡回図書館活動がスタートして、はや1ヶ月。バイクに絵本を積んで、市街地のスラム3ヶ所と郊外の旧バサック・スラムの移転地2ヵ所の計5ヶ所を1ヶ月にそれぞれ2回くらいの割合で巡回しています。

 

 

 

 

 


ブディングスラムで活動開始


以前にお伝えしたバサックスラムの強制移転。そのバサックスラムのすぐ西隣に、実はバサックスラムよりも大きなブディングスラムがあります。二つのスラムをあわせると約1万人。カンボジアで最大のスラム地区を形成していました。



バサックスラム強制移転のその後


1000人近い武装警官を導入した6月6日の第2回目の強制移転から早2ヶ月が経とうとしていますが、移転地はまだ混沌とした状態が続いています。と言うのは移転させられた1820世帯には土地の配分目当てに紛れ込んできた人もいるようで、確かにバサックスラムにいたかどうか、ほかに土地を所有していないか、などのインタビュー確認作業が続いているからです。これまで確認された306世帯に対し、プノンペン市は土地(4mX6m)を分配し、水や米などを配給していますが、まだ1000世帯を超える家族がテント住まいに耐えながら確認作業を待っています。しかも、現在の移転地は777世帯分の面積しかないため、これ以上になった場合の目途はまったく立っていません。



スラムコミュニティー図書館、またまた移転


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昨年の8月号でブディングスラムの一部移転によってSVAの支援するコミュニティー図書館が同じスラムのほかの地区に移転したことを覚えておいででしょうか?しかし、とうとう移転の波はここにも押し寄せ、12月末にほかのスラムに図書館を移転することを決定し、大晦日、12月31日にブディングスラムから5分ほどのところにある、T85スラムに移転しました。

 

 


スラムコミュニティー図書館、またまた移転


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昨年の8月号でブディングスラムの一部移転によってSVAの支援するコミュニティー図書館が同じスラムのほかの地区に移転したことを覚えておいででしょうか?しかし、とうとう移転の波はここにも押し寄せ、12月末にほかのスラムに図書館を移転することを決定し、大晦日、12月31日にブディングスラムから5分ほどのところにある、T85スラムに移転しました。

 

 


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