1000人近い武装警官を導入した6月6日の第2回目の強制移転から早2ヶ月が経とうとしていますが、移転地はまだ混沌とした状態が続いています。と言うのは移転させられた1820世帯には土地の配分目当てに紛れ込んできた人もいるようで、確かにバサックスラムにいたかどうか、ほかに土地を所有していないか、などのインタビュー確認作業が続いているからです。これまで確認された306世帯に対し、プノンペン市は土地(4mX6m)を分配し、水や米などを配給していますが、まだ1000世帯を超える家族がテント住まいに耐えながら確認作業を待っています。しかも、現在の移転地は777世帯分の面積しかないため、これ以上になった場合の目途はまったく立っていません。
移転地の生活環境は依然として劣悪でトイレなども不足しており、人々の健康状態は悪化しています。6月6日から28日まで、現場に医療チーム派遣したカンボジアの人権NGO「LICADHO」によると患者数は1716名にのぼり、うち子どもが663名(そのうち50%が5歳未満の子どもたち)だったそうです。区画整理は進んでいますが、インフラ整備はこれから。また、住民リストもできていないため、子どもたちの教育などの問題をどうするのか、まったく目途も立っていません。
一方、5月3日からの第1回目の強制移転で移された人々は移転地でようやく自分たちで家を再建。企業が建てた小学校では、現在までに約300人が登録を済ませ、10月からの新学期が来るのを待っています。上水道も引け、小さな市場もできています。何もない第2回目の強制移転地に比べてずっとよいと思いますが、大きな問題があることがわかってきました。本来この移転地はバサックスラムの住民のために用意されたものであったはずですが、住民調査を行ったある地区は分配された区画が459区画。このうち本当にバサックの住民に分配され、住民が住んでいるのが138区画。分配されたがまだ来ていないか、放棄したかで実際に住んでいないのが51区画。分配されたものをまた貸ししたものが2区画。残りの268区画はなんとはじめから外部の者に配分されていた!!!ようです。
バサックスラムの強制移転が引き金となったのでしょうか、カンボジアの人権NGO団体の懸命な訴えにもかかわらず、その後もプノンペン市内や地方で武装警官を導入した強制移転が続いています。そして、スラムは今やプノンペンだけでなく、タイとの国境貿易で沸くポイペトにも国境のゲートの両側に大きなスラムがあり、観光産業で活気づくシェムリアップもスラムが増えています。また、プノンペンの川沿いには少数民族のスラムもあります。スラムはカンボジアの問題の縮図であり、スラムを考えることははまさにカンボジアが抱えるいろいろな問題、貧困、民族、汚職、人権、環境などの問題を知ることであると言えるのではないでしょうか。
手束耕治