SVA 公益社団法人 シャンティ国際ボランティア会

English Pages

スマトラ沖地震・津波災害復興支援

島の生活


松尾久美 (元緊急救援ボランティア)

マングローブの林を抜けていく。船の上にはいつものぴりっとした空気がある。心地よい風にも緊張感があって思わず少し背筋を正してしまう何かがある。引き潮のときは、足の付け根まで海水に浸かりながら、マングローブ林の中を何十mも船まで歩いていく。陸の生活と海の生活の境界線をまたぐときの儀式のようなものだろうか。簡単には行き来できないのだと思い知らされる。

プラトン島に行くためには、このまま30分、船に揺られなければならないのだ。海岸に近づくにつれ、それに沿って並ぶ家々が見えてくる。その家を支える柱が海面から突き出しているのは特徴的な光景である。縁側のすぐ下が海になっているようなもので、1軒に1艘はある2、3mほどの細長い漁船にそのまま乗り降りできる便利な造りだ。島の人びとは、イカやクラゲ、またさまざまな魚を獲って生活している。

このプラトン島は、タイ南部パンガー県クラブリ郡に属する。1年半前の「スマトラ沖地震による大津波」で被害を受けた島のひとつだ。プラトン島は3つの区に分かれる。そのうちの1つ、ターペヨーイは内海に面しているため波の威力は弱く、アンダマン海(外海)に面した他の2区のように家屋全壊、死者多数といった事態には至らず、被害は商売道具である漁船の損壊に留まった。SVAは、このターペヨーイで保育活動への支援を行ってきた。 いつ訪れても、ターペヨーイの子どもたちはとても元気がいい。電気が使えるのは午後6時から10時までという生活の中で、彼らの遊び相手は当然テレビゲームでなく、木や葉っぱや砂に水。あちこちに転がる椰子の実の、彼らの腰ぐらいまでに伸びた茎をもぎ取ってきては実に近い柔らかい部分を食べている。おいしいから、と何回も勧めてくれるので食べたが、味は無かった。おいしいから、というより楽しいんだろうなと納得した。

さて、プラトン島には海の民と呼ばれる少数民族、「モーケン族」が住んでいた。タイ人とは全く違う文化と言語を持つ民族である。現在では、多くの「モーケン族」がタイの国籍を取り、新タイ人と称されている。そして、タイ語の名前を持つ。この名前は2、3通りに限られる。タイでは、同じ苗字は親戚の印だと言われるぐらい、他人で同じ苗字はめったにない。しかし、「モーケン族」の人びとに決まった苗字を名乗らせることの意味は何かと考えさせられる。

また、「モーケン族」の子どもたちはタイの学校に通っている。今の世代の子どもたちは、モーケンの言葉が分かるけれど話せなくなっているという。このことを危惧する声がある。次の世代の子どもたちは、完全に、モーケンの言葉を理解しない子どもたちになるだろう。モーケンの言葉には文字がないため記録できない。話されなくなれば歴史から姿を消してしまうのだ。1つの尊い文化が消え失せてしまう。そして、自分の底にある源流を意識できないまま、大きくなっていく子どもたちは自分に誇りを持てなくなる。 学校に行ける権利やそこで暮らす権利を得る代わりに、自分の文化の上に違う文化を塗りつけて同化することを強制するような制度はおかしいと言わざるを得ない。 津波後、島で暮らしていた多くの人びとが島を離れた。津波が来れば逃げ場はない、そんな島の中で暮らすことに耐えられないというのだ。特に、被害が大きかったターペヨーイ以外の2区の人びとにその傾向は強く、陸に出来た恒久住宅に移り住んでいったのだった。 陸では、タイの文化への密着が大幅に増える。漁業をやめた家庭も多い。周りにはテレビ、パソコン、車となんでもあるのだ。子どもたちの順応は速い。この生活の中で自分の文化や今までの生活が遠い存在になることは言うまでもない。  最近、ターペヨーイ保育所のスタッフが話してくれた。ひとりの子どもが足の甲に深い傷を負い、それがひどく膿んでしまっていた。彼女は急いで両親に知らせたが、思うように理解が得られない。島には病院がない。陸に行ってさらに病院まで行こうと思うと多くの費用がかかる。そんなお金はないので仕方がない、となってしまう。重体になってからでは遅いと、彼女は訴えたのだがやはり聞き入れられなかったそうだ。同じようなケースは何度もあるという。

これは保護者がどうというよりも、行政が解決すべき問題だろう。地方において、都市と均等に医療サービスを保障できていない。この問題は保育・教育面でも同じで、ターペヨーイの保育所、小・中学校では、教師に対する人件費が不足している。SVAの支援する保育スタッフだけでなく、幾人かの教師も他のNGO団体からの支援で雇用することが出来ている状態だ。ただ、保護者と話し合うという点に関しては、タイ人である彼女、またはSVAのスタッフが、古い風習に基づいて生活している、タイ語の読み書きができない、自分たちとは違う保護者に対して、どう向き合うのかという課題がある。 陸では陸の、島には島の課題がある。陸の生活でも残していきたい文化があり、島の生活にも取り入れると役立つ知識がある。文化の発展には、どれかひとつの文化の勝利ではなく、個人の中でいくつかの文化が共生できることを認め、それを応援できる環境が望まれる。これは、現在の日本においても世界においても、目指すべき共通の課題であろう。

 

tsunami20061205-1-1.jpg

プラトーン島へ向かう船
写真提供:瀬戸正夫  

tsunami20061205-1-2.jpg

島の子どもたち
写真提供:瀬戸正夫

Syndicate this site (XML) メルマガ登録