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瀬戸さんの一枚の写真(C)MASAO SETO

第13回 悲惨な津波に襲われて


第13回 悲惨な津波に襲われて(C)MASAO SETO

2004年12月26日午前8時にマグニチュード9.0の地震がインドネシアのスマトラ島沖で発生し、インド洋周辺のタイ南部を含め、インドネシア、スリランカ、インド、ソマリア、ケニア、タンザニア、セーシェル、マレーシア、モルディブ、ミャンマー、バングラディッシュ12カ国が津波に襲われ、家屋もろともに約30万人(死者16万6102人、行方不明者13万6482人)の生命を瞬時に奪い、かつてない史上最悪の被害を被った。 我が故郷のプーケットの親族関係は全員無事だったので、ホッとしたが、現場を取材して唖然となった。何処へ行っても死臭が漂う中約1,000体に上る亡骸が安置されているお寺では、両親を、我が子を、恋人を、家族を、親族を、もくもくと探している遺族の姿や、着の身着のままで何もない家の跡で放心したようにじっと海を凝視している村人たちの哀れな姿を見つめていると、自然と目頭が熱くなってくる。あーぁ!もう二度とこのような悲惨な惨事が発生しないように祈るのみである。

 

 

バンコク在住の写真家、瀬戸正夫氏によるフォトギャラリー
この一枚の写真から、タイの自然、風土、そして人々の暮らしを感じてください。

(複製、無断利用は固く禁じます。) All rights reserved. photo by Masao Seto  

第13回 悲惨な津波に襲われて(C)MASAO SETO

 

◆瀬戸正夫さん(タイ名ビワッ・シータラクーン)略歴
1931年タイ国プーケット島生まれ。日本人の父とタイ人の母親を持つ。現バンコク在住。フリーのカメラマン・ジャーナリストであり、朝日新聞アジア総局顧問を務める。
敗戦後、日本国籍を破棄され、 30 歳でタイ国籍を取得するまで無国籍で過ごし、学校に通わずに飲食店の従業員や水泳の先生などをして働きつづけた。独学で写真をマスターし、カメラマン・ジャーナリストとして数々のスクープを発表。 1 日1バーツ学校でスラム街の子に読み書きを教えていたプラティープ先生(シーカーアジア財団理事長)を当時マスコミに初めて紹介した。
また SVA アジア子ども文化祭を当初から撮影し続けており、取材や撮影を通して、教育の機会にめぐまれない子ども達を支援しつづけている。

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著書:
「瀬戸正夫の1枚の写真」タイ東京堂書店にて好評発売中!
「父と日本に捨てられて」かのう書房 刊(現在絶版)
「瀬戸正夫の人生(上)(下)」 タイ東京堂書店発行(2002)
「バンコクの灯」タイ東京堂書店発行(2003)

 

 

 


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